中編

400 kHz

 シエタが連絡を取ってきたのは、数日後の昼下がりのことだった。ディスプレイのなかに現れた母は、化粧を決めた顔で晴れやかに笑う。「クーデターですって。現政権崩壊、ユーレへの派兵も国境沿いに出張っておしまい。あんたも無駄骨折ったわねえ」 浜辺に…

52 Hz

 イェナがメモリを差し込むと、端末はそれを認識した。アクセスのコマンドを打ち込んでやると、ほどなくして記録ファイルが表示される。 数はたったひとつだ。形式は映像。 はやる心臓を押さえて開くと、画面には傷のあるコンクリートの壁が映った。はてと…

No Sound : re

 機械の再起動が叶えば、二頭目の竜を作ることもできるかもしれない。その竜がひとたび牙を剥いたとすれば、一切の躊躇もなく人を殺すにちがいない。水竜はそう述べた。 宿舎の一室でそれを聞いたロズは頭を抱え、パヴェルはへえと気のない返事をした。イェ…

147 Hz

 夜の海に夜光虫が光っている。クレーンによって掻き混ぜられた潮に乗り、岩礁地帯へ流れ着いてきた者たちだろう。波頭を青く染め上げたそれらが岩とぶつかるたびに、飛沫はひときわあざやかな光を放った。 同じく青い瞳をもって、竜は遠い沖を眺めている。…

No Sound

 夜。 それは腐肉食を持つ生き物のための時間なのだと、パヴェルはたびたび主張した。「フナムシを捕まえるには最高の時間になった」 なので、彼は夜の訪れことをそのように称した。食堂での大声に、ファルケの大学から来た者はすべからくうんざりした顔を…

440 Hz

「――というようなことがありまして、その水竜にふたたび会いたくて、わたしはアドラを出てきたわけです。あそこにいたら、いつかユーレを焼かなきゃいけないかもでしたし」「焼ける気がいたっていうのがまたすごいよね、君。サプレマにビビってた人間の台詞…

500 Hz

 メーヴェを「田舎」と呼び、ユーレを「びっくりするほど田舎」とのたまうシエタは、彼女いわく大都会に居を構えている。その大都会こそ祖ドラクマの直系の子孫のお膝元、商業都市ドロッセルだ。 久方ぶりに帰り着いた我が家の壁は、メーヴェの美しい白とは…

1,000 Hz

 この世界には「竜」がいる。契りを結べるのは、紫の目を持つ人間だけ——祖父が繰り返し語っていた言葉である。 たったひとりしかいなかった祖父の目は母と同じ鳶色であったので、 この世界などと曖昧な言葉を使っていたのだろうと思う。もっとも祖父を亡…