戴冠、或いは暁を待つ

終:物語の終わり iii

「して、ルカよ」 東の空にようやく月が見えたころ、クロイツはいつもの調子でわたしを呼んだ。 星を数えていた目を瞬かせ、わたしはそっと彼のほうを見る。「おまえは王になるべきだ」 なぜ、と彼は言わない。だからわたしも、なぜ、とは問わない。 かわ…

終:物語の終わり ii

 それからの話をしよう。 死者の弔いを終えてから、エクリールは兄たちに短い手紙を書いた。 トゥーラへの道程を取って返してしまった以上、もはや彼には言い逃れなどできない。ならば早々に挙兵するまでだと、銜え煙管で彼は笑った。 その手紙が早馬に乗…

終:物語の終わり i

 宿舎側の犠牲者は、四名いた。 その全員が親戚縁者の類を持たない、天涯孤独のひとびとだった。そういう人員は全員置いて行ったのだと、エクリールは言っていた。 つまりは、決死隊だ。 有事の際にはおまえたちが命を捨てて王女を守れと、彼は言外の命を…

四:王の獣 vii

 夜半、であるのだと思う。僕が、硬い床の上で目を醒ますに至ったのは。 目を開けてみれば、あたりはうっすらと明るい。眠っていたから目が慣れているのだろうかと思ったが、二重硝子の採光窓には雪片がついていた。それに当たった月明かりが、室内にほのか…

四:王の獣 vi

 僕の部屋を訪ったアマリエは、懐かしいものを見る目をしていた。「夜にここへ来るのは久しぶりです。昼間とはずいぶん雰囲気が違いますね」 言いつつ、僕が促すままにベッドの上に座る。彼女が枕と毛布をベッドに並べるのを見ながら、僕は床の上に自分の毛…

四:王の獣 v

 大荷物を持って通りを抜けるのも、長物を持って路地を抜けるのも、僕には成し遂げるだけの勇気がなかった。結果的に時間を潰すため、僕は昼食を摂ることにした。 ハイロが戻って来たのは、ちょうどその終わり。 弁当売りたちの姿も、通りから消え始めた頃…

四:王の獣 iv

 翌朝街へ出ることを告げた僕に、アマリエは細々とした荷を持たせてくれた。シロップと卵黄を混ぜて糖蜜がけにした菓子や、白色で刺繍を入れた布巾の束、それからハイロに貸すための本――彼女にとって、僕がどこへ行くかは聞かずともわかるものらしい。 用…

四:王の獣 iii

 結局のところ、僕がふたたび魔術師の姿を見つけたのは、宿舎の住人の大半が夕餉を終えた刻限のことだった。 白い布を頭から被った姿は特徴的で、たとえ後ろ姿でも見間違うことはない。「クロイツ」 名前を呼ぶと、安楽椅子の上の白い布地がかすかに揺れる…

四:王の獣 ii

 目が覚めたそのとき、部屋に燻っていた薄明は紛うことなき朝日の一端だった。 そう判じた理由はなんのこともない、扉を隔てた先にあるひとの気配が、朝に特有の慌ただしさを帯びていたせい。 簡単に身繕いをして外へ出た刹那、ちょうど廊下を歩いて来たア…

四:王の獣 i

 アマリエは僕から上着を預かると、廊下の向こうへ消えて行った。 そうして自室の前にひとり残されたまま、過ぎ去ってしまった夜を想う。冷静になってみると、昨日から今日へ、すとんと飛ばされて来てしまったような気分がした。 部屋のドアノブを開けて中…

三:大嘘つきたちの夜 vii

 三者の姿がすっかり見えなくなったのち、僕らは馬上のひととなった。 金を払って回収して来たという馬の上から、クロイツは嬉しそうな顔で僕に滞在証の割符を投げ渡してくれる。聞くに、これは官吏に金を握らせて回収して来たものだという。冗談だろうとは…

三:大嘘つきたちの夜 vi

 喧嘩はできない、と魔術師は言った。 けれども、なにもできないわけではない、とも彼は言った。 白い布の向こうで辰砂の光が翳り、みずからの瞳と同じ色の闇が落ち切ったころ、魔術師は堂々たる態度で帳を開いた。「起きてるな。行くぞ」 たしかに眠って…