「それで、その仕事を受けたのか」
鍛冶工房に設えられた一室、住み込みの弟子たちのために用意された空間で、ハイロはくるりと目を丸くした。
白昼の室内において、彼の瞳は深い瑠璃の青を呈している。そのまなこを視線だけでうかがい見ながら、僕はひとつ首肯した。
「だって、エクリールからの仕事だし……」
それもそうかとハイロは太い指で鼻の下を擦った。――この大柄な獣はラリューシャの使い走りとして、よく領主邸の敷地にも顔を出す。それもあって彼は、僕の本来の〈仕事〉を知らないわけではない。同時に、エクリールの体質のことも少しは詳しく知っている。
それは大いに度を越した、獣とヒトの弱い部分を寄せ集めたような虚弱体質。拾える病ならなんでも拾う、感心するほどの病弱さ。口さがない連中などは、決まって「棺桶に片足を突っ込んでいる」だの「最果てのあるじと古い舞曲を踊っている」だのと言う。
けれども、ハイロは一度たりともそんなことを口にしない。
なにを言われてもさらりと流して、仕方がないよと微笑うだけ。それと同じ声音に心地の好さを感じながら、僕はまたひとつうなずいた。
それから自分たちが座った床の上――トレイに載せられた小鍋を見る。
昨晩、エクリールから新しい仕事を命じられた僕は、今日もまたクロイツに連れられてこの工房を訪れた。そして彼は適当に〈見せてもよいもの〉を見繕って来ると言い残し、僕をここへ置いていったのである。
そこへ至るまでの経緯を聞いてのハイロの言葉が、先のひと言だった。
彼は僕の視線に気づくと、深い青の瞳で鍋を見やり、
「……二杯目?」
子猫のように首をかしげる。僕は迷うことなく頭を振り、鍋の中身は不要だと示した。
眼前に置かれた蓋付きの小鍋の中には、ラリューシャが手ずから作ったスープが入っている。ついでにいうなら厨房の大鍋にも、何倍もの中身が残っているはずだ。それは僕の目前にある器にも申し訳程度に注がれているけれど、口をつける気にはなれなかった。
ハイロだって、おそらく同じことを思っている。
なにせラリューシャの作るスープは、とにもかくにも塩辛い。こんなに塩が溶けるものかと感心することもあったし、そもそも鍋の底で溶け残りの塩がじゃりじゃり鳴っていたこともある。当然ひとが飲むようなものではないというのが、たぶん僕とハイロの共通見解だ。
たぶん、としか言えないのは、単純に僕らがそれを口にしないからである。
「俺からひとつ言うとすれば、頑張れ、かな。あいつも悪いやつではないんだが」
ハイロはそのように告げてから、すでに冷め切ったスープに口をつけた。続く嚥下の音はひどく小さい。ひそめた眉を隠しもせず、器を元の位置へ戻す。
「アマリエもそんなことを言ってたなぁ……」
僕はスープを口にすることはせず、持ち込んだパンをかじった。
そうして思い出すのは、出がけにこれを渡してくれたひとのこと。つまりはエクリールの侍女見習いにして、ラリューシャの孫でもあるアマリエのことだ。
話は、昨夜にさかのぼる。