四:王の獣 v

 大荷物を持って通りを抜けるのも、長物を持って路地を抜けるのも、僕には成し遂げるだけの勇気がなかった。結果的に時間を潰すため、僕は昼食を摂ることにした。
 ハイロが戻って来たのは、ちょうどその終わり。
 弁当売りたちの姿も、通りから消え始めた頃合いである。
 彼はまっすぐいつもの――つまりは僕のいる部屋に顔を出し、かたわらに置かれた荷を認めて目を丸める。
「それ、ひょっとして親方からか?」
 昼食を包んでいた油紙を畳みつつ、僕はひとつうなずいた。
「クロイツが取りに行けって言うからさ、代理で」
 へぇ、と感心したような声を上げ、ハイロは床に膝をつく。
 伸ばされた指先はしかし、藍染の布に触れることはない。こちらに向けられた彼の笑顔には、眉間の皺が添えられていた。
「昨日さ、俺が持って行こうかって言ったら怒鳴られたんだぜ」
 今度は僕が目を丸める番だった。
 ラリューシャは気難しいことで有名だが、誰かを怒鳴ったという話はついぞ聞いたことがない。先刻聞いたばかりの声ががなり立てるところを想像しても、それがうまく像を結ぶことはなかった。
 しかしながら今の僕には、あの老人の怒りが理解できるような気がする。
「大事なものだって言ってたからね」
 そのように告げると、ハイロは首肯した。
 窓から差し込む午後の日差しを受けて、その髪は鮮明な藍の色彩を帯びている。荷物に巻いてある布とよく似た色だ。
 ――藍で染めた布は、燃えにくい。ただそれだけの事実が、僕の言葉をたしかなものだと主張している。
「ところでハイロ、昼ご飯は?」
 改めて問うてみれば、インクの色の目がこちらを見る。
「まだ。……砂鉄は嵩張ってよくないね」
 重かったと言わないのは、彼が獣であるからだろう。竜の係累である獣は見た目よりも数段頑健であり、力も強い。
 僕は少し笑って、机の上にある包みに手を伸ばした。
「蒸し鶏と粒辛子のサンドイッチがあるよ。はじめて買う店のだけど」
 買い求めたときには暖かかった包みは、もうすっかり冷め切っている。
「味のほうはどうだった?」
 受け取ったハイロは嫌な顔をしない。彼は猫舌なので、これくらいのほうがありがたいのだろう。
「実は今日、それは食べてないんだ。なんとなく別のにしたんだよね」
「そうか。でも俺、鶏は好きだよ」
「ならよかった。いい匂いだったんだよ、本当に」
 小さく畳んだ油紙を片手に、僕は床から立ち上がった。
 見下ろした獣の顔は、それでもまだずいぶん近い位置にあるように思われる。思えばこうして彼を見下ろすこと自体、僕にとっては初の経験だった。
 ――はじめて出会った彼も思い切り煤をつけた顔で、高い位置から僕を見下ろしていた記憶がある。僕を工房へ案内したアマリエは、それに対して失礼極まりないと目を吊り上げていたものだ。彼の顔を見て数年ぶりに大笑したことは、昨日のことのように思い出せる。
「……昨日の話は思い出せた?」
 僕の面を仰ぎ見て、彼は首をかしげる。雑に結われた長髪が揺れて、ごくかすかに乾いた音を立てた。
「うん。もしも、の話なんだけどさ」
 ――これは、あくまで仮定の話。あるいは、僕の希望としての言葉。
「君、チャンスがあればやっぱり軍人になりたい?」
「そりゃね。……ひょっとして、詰所に契約したがってるヒトでもいる?」
 青とも黒ともつかない瞳に、期待の気配はない。揶揄いでもしているのかと、どこか呆れたような色があるだけだ。ゆえに、僕は首を横に振る。
「でも、機会があれば紹介したいヒトはいるかな。故郷に、だけど」
「王都か。期待しないで待ってる」
 ゆるゆると微笑む顔は、いつもどおりの。
「でも、もしルカがなにかでどうしても困ったら、頼ってくれたっていいんだよ」
「そうだね。どうしても、契約の奇跡が必要になることがあれば」
 いつもとは違う視点でそれを見ながら、僕は鞄を抱え上げ、中に残った荷物を取り出す。
 油紙に包まれたそれは、アマリエから預かって来た用兵書だ。後付の線と印を大量に抱えた本の中身は、もはや僕でも理解できない。
 けれどもハイロは受け取った本を大切そうに抱えて、僕を玄関まで送ってくれた。
 彼に頼ることなく運んで来た荷は、やはり相当な運送の手間が要りそうだった。上まで送ろうかという言葉を断り、僕はそれを肩へとかける。長さのぶんだけ取り回しには苦労するものの、銃の二挺よりは軽い荷物だ。抱えて走るには不安が残るが、坂くらいは登れる。
 しかも日は高いのだから、のんびり行けば転ぶこともない――
 そのはずだった足取りを早めたのは、ちょうど見張り小屋の向こうを視認したとき。
 灰色の塀の向こうには、馬が二頭いた。驚きつつ駆け寄った彼らの片方は、僕が出かける前からいた早馬。そしてもう片方は、僕も知っている馬だ。
「ノグ?」
 それも、ずいぶんと前から。
 呼びかけに応じて上がった顔の一部だけが茶色く、身体が白い駁毛の馬。じっとこちらを見つめる賢しげな目は、最後に会ったときとなにも変わっていない。
「やっぱりノグだ」
 エクリールが所有する騎馬である。僕も何度か乗せてもらった経験があるし、弟を乗せているのを見たこともあった。
 近づいていくと頭を下げて、耳と耳の間をこちらに寄せて来る。撫でてやっても嫌がる気配はなかった。ノグも僕を覚えてくれているのだ。
「久しぶりだなぁ」
 ノグは慎重すぎるほど騎手に配慮ができる賢い馬だが、それゆえに騎手に従わないこともある。おかげで戎馬として生まれながらも、戦場には行かず、エクリールの唯一無二の相棒となった。
 主人がここに赴任するにあたり、彼もまたここへ移されて来ていたのだろう。
 おそらく今の彼の住居は、壁の外にある厩舎のどれかに違いない。そんな彼がここにいるということは、つまり。
「おや、ちょうど帰って来たか。そろそろアマリエを迎えに出そうと思っていたんだけど」
 白銀の髪を揺らす男が、二本の足で歩いて来る。その口に銜えられているのは亜麻紙の紙筒だが、まとう匂いはいつもと相違ない。
「急で悪いんだが、僕はしばらく〈壁の内〉を留守にすることになった」
 そう告げて紙筒を持ち上げた彼のかたわらには、アマリエの姿があった。黒革の鞄を抱えた彼女は唇をまっすぐに引き結び、どこか白い顔をしているようにも見える。けれども彼女がここにいるということは、留守の理由は逮捕ではないだろう。
 もしもそのような理由であるのなら、エクリールはむしろアマリエを遠ざけるはずだ。
「どちらまで?」
 問いかけとほぼ同時、役所のほうからヒトの姿を取った虎がひとり、駆けて来る。
 彼は僕へ頭を下げてから、ノグの背に鞍を乗せた。乗せられた側のノグは気にしたふうを見せなかったが、どうにも不慣れな手付きだと僕は思った。
「トゥーラ。訓練で怪我人が出たとかで、しばらくひとを貸してやれという話でね」
 鞍を止めるベルトの穴は何回か変えたし、金具を止める手順自体も怪しい。
 だというのに、ノグ自身の毛を挟んだりは絶対にしない。おかげでノグは、ただのんびりと主人のほうを眺めている。
「なるほど、それは大変ですね」
 僕もまたエクリールのほうを見て、唇の端を持ち上げた。
「お言葉ですがね、人員の融通は同じ司令部に属する以上は当然の義務ですよ」
 にわかに耳に飛び込んで来たのは、ささやくようでいてよく響く、高い男の声だった。
 聞き慣れないその響きに、僕はようやく目の前で行われている作業の意味を悟る。――この虎は、けっして馬具の装着に不慣れなわけではないのだ。むしろその逆、慣れているからこそ余計な時間をかけられる。
「アルシリアは指揮官を出さないくせに、相互扶助とは笑わせる」
「ハーウェン家の御子息に従わない兵卒など、この国にはおりません。適材適所ですよ」
「そうかい。ひとりでも従わなかったら、まずおまえの耳を焼いてやるから覚えておけよ」
 早馬でやって来た白い獣。彼の目から僕を隠すために、彼はひどく手間取ったふりをしている。彼の夜天色の目には間違いなく、僕の正体が見えているのだろう。
 否。彼だけではなく、軍籍にある獣たちはみな同じだ。彼らは全員、エクリールの嘘を知りながら、それをあえて黙認していた。
 僕はいよいよその事実を認めなくてはならない。同時に感謝もしなくてはならない。
 彼らの沈黙によって、僕のここしばらくの平穏な生活は保たれていたのだ。そして今もまた、そのひとりが僕を守ろうとしてくれている――
「俺の荷物持って馬と遊んでんなよ馬鹿!」
 宿舎のほうから澄んだ声がした。僕は意を決し、これ幸いとばかりに虎の影を飛び出してひた走る。
 あえて白い獣のほうは見なかった。開かれた扉の中に駆け込み、乱れた呼吸を整える。
「ふざけんなよ、それ持って走るんじゃねぇ」
 扉を閉めたクロイツは腕を組み、肩で息をする僕を見下ろした。
「走るなって言っても……いや、ごめん」
 僕が梟の金色の目を避けたい理由を、クロイツに教えることはできない。エクリールが教えていないのなら、僕自身の判断で教えてよいはずがない。そしてそれを確かめる術は、閉ざされた扉の向こうにある。
「ま、梟の目ってのは意外と余計なもんが見えるからな。ビビったってしょうがねぇ」
 クロイツはひとり勝手に納得すると、傷ひとつない右手をこちらに伸ばした。渡せ、との言外の態度に応じ、僕は素直に藍染の包みを差し出す。
「出発に間に合ってよかったぜ。遅れてたらぶん殴らなきゃいけないところだった」
 ただただ美しいばかりのましろの指が、深い青の布地を撫でる。
 挙措に追随する声は、僕が聞いたことのない愛おしげな響きを帯びていた。あの祈りを歌い上げた声とは似ても似つかない、ひとそのものの声だった。
「それって」
「言っただろ。俺の生き甲斐」
 長い睫毛に縁取られた瞼が、黒い瞳を覆い隠す。
「――――コウが打った最後の剣だ」
 コウ。ラリューシャの、本当の孫の名前だ。
 同じ音を出すために、もうひとつ白い喉が動いた。しかしながら追随する声はない。そうしてごくゆっくりと、クロイツは瞼を開く。夜の帳などまだ薄いと言わんばかりの瞳は、宿す光に親愛の色を溶かしている。
「前は俺が折っちまってな。これでようやく、また連れて行ってやれる」
 僕がここまで運んで来た荷物は、彼にとって形見などではないのだ。
 死んだ、とラリューシャが宣った孫は、まだここで生きている。――少なくともその友として在ったクロイツの中では。だから彼の声色に、追慕の色だけは存在しない。
「おやっさんは素直にこいつを渡してくれたか」
 うなずく。
「孫の打った最後のひと振りだって話は聞いたけど」
「へぇ?」
 対してクロイツは大袈裟に肩をすくめてから、慣れた手付きで包みを担いだ。
「あのクソ爺はよ、俺には一度だってそんな話はしなかったんだぜ」
「自分にとっても最後のひと振りになるだろう、とも言ってたよ」
「そうかい」
 細い指先が、布を留める組紐を弄ぶ。その指先の釉薬を思わせる滑らかさは、なるほど鍛冶師のラリューシャが忌避するわけだと思われた。なにも見えず、なにも語らない。
 クロイツがあえて僕を遣いに指名した意味を悟り、今更のように腑に落ちる。
「それじゃ、俺はこいつを持って行って来る」
「……君もトゥーラに行くのか」
 魔術師は首肯してから、布に包まれた剣でとんと肩を叩いた。
「今のところ、俺はまだ大将の側仕えだからな」
 ならばたしかに、彼がエクリールに随伴しない理由はない。
 そうかと応じた僕に軽く笑いを見せてから、魔術師は白い裾を揺らす。ついで扉に手をかけたとき、彼はふとこちらに顔を向けた。
「ま、困ったことがあったらいつでも呼び戻したまえよ、ルカ君。前職の好で助けてやらないこともないかもしれないぞ」
「なにかあれば、ね」
 僕が苦笑を返すのに合わせて、彼はその手で扉を押し開いた。
 去って行く姿はどことはなしに楽しげだ。担いだ荷物に絡めたその腕は、ちょうど親しい相手の肩に手を置いたように見えないこともない。
 弾むような足取りが目指す先には、すでに青い軍装の姿が居並んでいた。どちらかといえばおとなしい気質のノグも、馬具をまとってどこか勇壮な趣きに見える。やはり彼は名だたる名馬を親に持つ、由緒正しい軍馬なのだ。
 そしてそれは、それは彼の主人もまた同じこと。病弱で鳴らすエクリールもまた、二本の脚で立つ姿は儚さではなく強靭さを佩びている。
 しゃんと伸びた背筋と、片目を閉ざした黒革の眼帯。昼下がりの日差しに鋼色の影を落とす髪は、彼が誇り高き旧い獣の――今は亡き巨狼の血を引いている証にほかならない。
 凛と立つその姿を見るに、彼はずいぶんと遠くへ行ってしまったのだと僕は思う。
 部下である軍人たちを従える姿は、あまりに堂に入っている。先生が見たら腹を抱えて笑うだろうか。それとも嫌味のひとつでも言うだろうか。
 その判断に迷う僕の下へ、小さな影が駆けて来た。アマリエだ。
 彼女の手にあったはずの黒革の鞄は、今はクロイツの手中にある。
「少しだけ、長い仕事になるかもしれないね」
 手を置いた少女の肩は震えていない。けれども、震えていないだけだ。
 努めて口の端を持ち上げて笑みを作りながら、僕は平素のとおりの口調で語る。
「でも、きっと必ず帰って来るよ」
 早馬の訪いは、火急だとしても早すぎた。
 西方司令部を擁するアルシリアからこの街へは、実際のところ半日どころか一日かかっても着くはずがない。トゥーラからアルシリアへ、アルシリアからトゥーリーズへ――あくまで推測でものを言うなら、馬を乗り継いでも一週間はかかるはずだ。ヒトよりも目方が少ないと言われる梟を乗せたとしても、一日短縮できればよいほうだろう。
 つまりあの遣いは、少なくとも僕らがトゥーラにいた頃には、すでに馬上のひとだった。
「……ルカさま」
 僕の顔を見上げて、アマリエが手を重ねる。
 その幼い顔に不安の色を見て取って、僕は肩をすくめた。
「ごめんね。実を言うと僕もちょっと心配で」
「エクリールさまのことですよね。馬に乗れたなんて、アマリエは初耳です」
 眉間に深い皺を刻んだアマリエは、うんと細めたまなこで出立を控えた一団を見やる。
「一般的な馬はどうだか知らないけれど、ノグはエクリールの馬をやって長いから」
 僕らの視線の先で、エクリールは手綱を取った。鐙に片足をかけ、野を馳せる獣の身軽さで鞍に跨る。いつもの緩慢な動きが嘘のようだ。にわかにアマリエが感嘆の声を上げる。
 かく言う僕も、あれを見事な動きであると思った。
「……なら、アマリエはエクリールさまのことを心配しません。ここをお守りすることだけを考えます」
 吐息に似た声音に首肯を返す。彼女はエクリール付きの私設の侍女であるから、主人の生活を守る義務がある。主人がいようがいまいが、彼女の戦場はこの宿舎のすべてだ。ここを守ることこそが、彼女にとっての絶対の任務である。
 ほかの誰であろうと、かわりを果たすことはできない。
 とはいえもちろん、彼女だけが宿舎に残るわけではなかった。トゥーリーズの治安を維持するために、軍人たちの一部も残る。
 だからきっとだいじょうぶだと、根拠のない自信を胸に抱く。あの梟の主人が、如何なる理由で命を下したのだとしても、きっと。
 僕らが見守る先で、二頭の馬がしずしずと歩き出す。
 それを筆頭に、庭に集った軍人たちは広場のほうへ姿を消した。宿舎の入り口から、塀の先は見えない。ゆっくりと時間をかけて全員を見送ってから、僕らはそれぞれのやるべきことへ戻ることにする。
 すなわちアマリエはいつもどおりの宿舎の維持へ、僕は邪魔にならぬよう自分の部屋へ。
 そうして僕らが再会したのは、夕餉の席でのことだった。
「思ったよりも残ったひとが少なかったです」
 自分たちの身の回りのことは自分で片付けるのが、我が国の軍の倣いだ。日々の雑事は係を決めて行うことだが、頭数が減れば分担が回って来る率も上がる。
 ゆえに今日のアマリエは、端から見てもずいぶんと忙しく過ごしていたようだった。
「明日は僕も手伝うよ。――掃除とか」
 幼い容姿に似合わぬひっつめ髪からは、いくらかの後れ毛が飛び出している。
 それについては指摘しないまま、僕は小さな声で彼女に告げた。アマリエは戸惑うように沈黙を保った後、ごくゆっくりと首肯する。
「アマリエは今日はもう休みな。片付けは俺たちがやっとくから」
 続けて声をかけたのは、まだ年若い獣だった。たしか些細な言い争いが遠因で、クロイツに投げ飛ばされた猫である。
 絞られた食堂の明かりの中で、その瞳はほとんど黒のように見えた。
 その目を細めた彼の顔を見上げて、アマリエはまたしばらく黙り込む。そうしてまたひとつ、ゆっくりとうなずく。
 よしと手を打ち、若い男は空いたアマリエの皿を引き寄せた。上から僕と自分の分まで皿を重ねて、厨房のほうへ運んで行く。彼の大柄な後ろ姿を見送りつつも、アマリエは席を立つことをしなかった。
「……アマリエ?」
 名前を呼ぶと、弾かれたようにこちらを向く。その顔を真正面から覗き込んで、僕はごく薄く苦笑を漏らした。
「エクリールがいないのは不安?」
 アマリエはまだ年少の子どもだ。軍人たちは誰しも彼女を娘か妹のように可愛がっているが、男所帯にひとり暮らす心細さはあるだろう。そんな彼女の心を支えていた芯は、奇妙な威光で軍人たちを従えるエクリールであったはず。
 それから――おそらく当人が認めることはないだろうが――祖父の旧知であるクロイツも同じ。ふたりが同時に街を離れた今、アマリエの不安は察して余りある。
「……少しだけ」
 それでもアマリエは、あくまで気丈に振る舞おうとする。
 しっかりと背筋を伸ばした姿を目の当たりにして、僕は食卓の上に頬杖をついた。
「よかったらさ、今日は僕の部屋で寝る?」
 そう言う僕だって、実際のところは男のなりだ。体つきには年ごろの娘に特有のまろさがない。かといって、同年代の少年のような硬さとも縁遠い。
 これをなんと称するかは十人十色の意見があろうが、軍人たちと似ても似つかないのはたしかだ。
 アマリエはそんな僕を眺め見て、ごく小さく首肯した。
「自分の枕だけ持って行っても構いませんか」
「もちろん。毛布も持って来てくれたら助かる」
 あどけないおもてに、ようやく笑みの色が戻って来る。思わず返してみせた笑みを作るために、先ほどと同じ努力は必要なかった。