四:王の獣 vi

 僕の部屋を訪ったアマリエは、懐かしいものを見る目をしていた。
「夜にここへ来るのは久しぶりです。昼間とはずいぶん雰囲気が違いますね」
 言いつつ、僕が促すままにベッドの上に座る。彼女が枕と毛布をベッドに並べるのを見ながら、僕は床の上に自分の毛布を広げた。
「夜と昼だと、同じ部屋でもそんなに違う?」
「違う、ような気がします。光の加減……と言うより、たぶん、わたしの気の持ちよう」
 どうにも煮え切らない言葉だが、そこに語るのを厭う気配はない。僕が首をかしげてみせると、彼女はふふふと小さく笑った。
 枕を膝上に抱え上げ、戯れるように二度三度と叩く。
「ここは昔、クロイツの部屋だったんですよ。アルシリアから帰って来てからは、エクリールさまに合わせて、役所の空き部屋で寝泊まりしてますけれど……前に何回か、ここで泊めてもらったことがあります」
 アマリエはクロイツを蛇蝎のごとく嫌っているが、なるほどあれは兄から自立する妹のような心情から来る態度なのだろう。アマリエがあれほどきつく噛み付いてみせるのは、あの男をおいてほかになかった。
「そういえば、クロイツも昔はお祖父さまの工房で暮らしていたんだっけ」
「はい、そうです。癪ですけど……」
 すっかり潰れた枕の形を戻しながら、ラリューシャと同じ朱に近い目がこちらを見る。と思ったが早いか、それはゆるゆると丸くなって、次に悲鳴のような声が上がった。
「ルカさま、床でお休みになる御心算ですか!」
「そのまさかだけど」
 僕は靴を脱ぎ、毛布の上に座り込む。いちおう異性という建前なのだから、僕がアマリエと同衾するわけには行くまい。
 アマリエは泡を食って寝台を降りようとしたが、僕は笑ってそれを制する。
「僕も家には弟がいてさ。そいつの甘ったれのおかげで、床で寝るのは慣れてるから」
 嘘、ではない。――僕が弟と同じ寝床を共有していたのは、未だ母の胎で微睡んでいたときまでだった。だというのにあいつと来たら、なにかひとつでも自分の眠りを妨げるものがあれば、遠慮なく僕の寝室へ乗り込んで来ていた記憶がある。
 そのたびに僕は床へ逃げていたから、慣れているのは本当だ。でも、と言い募るアマリエに対し、大袈裟な動きで肩をすくめて見せる。
「アマリエを床に寝かせたなんて、エクリールにわかってごらんよ」
 耳元で拳を握り、開く。渦を巻いて虚空を灼き払う、青い火の動き。
 アマリエはその意味するところを悟ったようで、口許を曲げたまま目を細めた。
「なら、明日は空いた部屋から毛布を持って来ましょう。重ねておいたら、たぶんそんなに寒くないと思うんです」
「名案だ」
 笑みを返して、毛布の上に横になる。予備のもう一枚の毛布で体を覆ってしまえば、寒さはさほど気にならない。アマリエが寝台の上で毛布に包まるのを見届けてから、枕元に置いた角燈に手を伸ばす。
「それじゃあ、おやすみなさい、ルカさま」
「おやすみ、アマリエ。また明日ね」
 空気取りの穴を塞げば、瞬きより早く闇が落ちる。硬い床の上では、その暗闇の濃さがひたすらにありがたかった。